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[第58回]-妻をめとらば・・・みめうるわしく

連載

明治時代の印税について調べていたら、ある旧い歌が与謝野鉄幹の作詞になることを知った。その歌とは旧制第三高等学校(通称三高:いまの京都大学の前身)の寮歌として親しまれた。「人を戀ふる歌」という。京都大学にいまも寮があれば唄われているかも知れない。

妻をめとらば才たけて みめうるはしくなさけあり~♪

私は学生時代に京大ではないが大学寮にいたこともあり、酔うとこの歌を唄う先輩がいた。しかし私自身はこの歌の身勝手さ、いまだ遠くにある女性に求めすぎる男のわがままが鼻について、とても一緒に唄う気にはならず、聞き流して過ごした。

鉄幹はなぜこのような詩を作ったのか。興味がわいて原本にあたったところ驚いた。
発行当時の詩集では肝心の箇所が違っていた。

人を戀ふる歌
        (三十年八月京城に於て作る)
(詩歌集『鉄幹子』による)

妻(つま)をめどらば才たけて
顔うるはしくなさけある

https://dl.ndl.go.jp/pid/876407/1/19
(国立国会図書館デジタルコレクション)
出版者 矢島誠進堂 出版年月日 明34.4

WINE(Waseda University Library:https://www.waseda.jp/library/)
(早稲田大学図書館蔵)
出版者 矢島誠進堂 出版年月日 明38.7

 

鉄幹は「みめうるわしく」とは書いていなかった。

正しくは「顔うるはしく」であり、明治時代の発行年度の異なる2冊を見比べても同じだった。

当て字で顔を「みめ」と読んだ例もなかった。「みめ」と「顔」ではずいぶん違う。顔と言われてしまうと、美貌と並の顔の違いがあからさますぎて、大方の女性からは総スカンをくらうであろう。

では、誰が改変したのか。それを裏付ける資料は発見できなかったが、だいたいの見当はつく。三高生らが元の詩通りに唄ったとすれば、京都中の女性達からふざけるなと叱られたはずだ。これはまずいと「みめ」になったと思われる。

肝心の鉄幹だが、この頃(明治33年)に文芸誌『明星』を創刊。北原白秋、石川啄木らを見いだし、まさしく飛ぶ鳥を落とす勢いで文壇に確固たる地位を築いた。
また、三度目の結婚で昌子(歌人・与謝野晶子)と結ばれた。ところが『明星』を100号で廃刊するころになると、かつての詩文で稼ぐことはできず、晶子のお膳立てでフランス行きを決める。その旅費も晶子が用立てした。ちなみに晶子は出版社から印税の前借りをして鉄幹を送り出した。

再起を期して渡仏した鉄幹だったが帰国後も創作はふるわず、結局は与謝野晶子の筆一本を頼りに生き、生涯を閉じた。
鉄幹の名誉のために付け加えると、そのうだつの上がらない後半生をかけて与謝野晶子を馬車馬の如く働かせ、数多くの名作を創らせたと言えなくもない。鉄幹は詩歌に書いた通り、才ある良妻に恵まれたわけで、それもまた佳き人生哉。

 -妻をめとらば才たけて
  みめうるはしくかせぎある-(筆者改変)

 ◆

そう思っていたところ、幼馴染みの女優に誘われて忘年会をした。私が彼女の初舞台を観劇したのは小学五年生の11歳の時。場所は九州の片田舎にある小学校の講堂だった。演目は杜子春。

二十代の頃、彼女に言われたことがある。

「女優業を維持するには毎月20万円の化粧代は欠かせない」。

若く新進の女優だった彼女がどのようにしてその金額を賄っていたか私は知らない。しかし幼馴染みといえど女優は女優だ。あなどるわけにはいかないだろう。
ただの幼馴染みの関係なので私が彼女の美貌コストを負担する義理はさらさらなかったが、まだ独り身だった私は女優という存在に恐れおののいた。

話を戻そう。先日の忘年会で20万円の話を蒸し返したところ「あれは手始めで実はバブルの頃はもっと吊り上がっていたのよ。フェイスどころか全身エステはその数倍。さらに美白、美容整形ともなると・・・」。

男性でこの話の続きを聞きたい人はひとりもいないだろう。

女優が仕事道具の美貌を維持するにはその程度の金銭は致し方ないし、「女優をめとる」とはそういうこと。「みめうるわしい妻をめとる」のもそう違いはない。またとないチャンスを掴んだ男には、時として覚悟が必要だ。

昔の三高生はもとより、今の京大の学生らはこのことをわかって唄っているのだろうか。
令和の時代、いまだに「みめうるわしく」と唄っているとしたら、舞子さんや芸妓さんから、いや学生だからスナックのママからか。スンとした顔でプラス20万円の請求書を突きつけられても文句は言えないだろう。(水田享介)

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