「書道」は明治生まれ——知られざる日本の書の近代史 ~うどよし書道教室~

あるセミナーで知り合いになったうどよし様はお茶の水駅近くで書道教室を営んでおられます。お話しするうちに書道について初めて知る話ばかりでとても引き込まれました。「書道とは何か」「なぜ、わざわざ大きな文字を書くのか」などいろいろ教えていただきました。

題字は、うどよし様による筆
☆「書道」はいつ生まれたのか? 知られざる日本の書の真実
書道の歴史は意外に浅い
「書道は日本の伝統文化だ」——そう思っている方は多いのではないでしょうか。墨をすり、筆をとる。その静かな所作は、はるか昔から変わらず続いてきたもの、というイメージがあります。
しかし実際には、私たちが「書道」と呼んでいるものは、明治時代に新たに制度設計された文化です。古来から連綿と続く日本固有の伝統とは言いがたい面が多くあります。

テーブル一杯に敷かれている巨大な毛筆用下敷き
江戸時代の「書」は何を教えていたのか
江戸時代、寺子屋で教えられていた書は「和様(わよう)」、なかでも「御家流(おいえりゅう)」と呼ばれるものでした。御家流からは勘亭流・根岸流・橘流・髭文字など、多彩な派生書体が生まれ、相撲や落語・歌舞伎などの看板や番付に今もその名残を見ることができます。
つまり江戸時代の日本の「書」は、日本語の筆記体としての「和様」が主流だったのです。
ところが、明治に入ると状況は一変します。明治政府は教育改革の一環として「楷書」を学校教育の標準とし、1900年(明治33年)の小学校令改正によって「御家流」と「変体仮名」を学校教育から明確に排除しました。これにより、縦書きの筆記体としての日本語を受け継ぐ担い手は急速に失われていきました。
今日、NHKの大河ドラマで江戸時代を書く際にも、御家流の手書き文字を再現できる書き手がおらず、現代文風の文字に置き換えられるという状況が生まれています。英語の筆記体(cursive)は禁止されず学校教育で継承されてきたのに対し、日本語の江戸時代の筆記体は制度的に断ち切られてしまいました。

「筆準指導の手びき」(文部省)
「書道」という言葉自体が明治生まれ
では「書道」という言葉はいつ生まれたのでしょうか。現時点で確認されている最古の用例は明治30年(1897年)の「書法自在」(博文館)という書籍の本文中にあります。以前は明治36年(1903年)の「書道講習録(斯華会)」が最古とされていましたが、うどよし様の調べでは、「書道」という語は明治30年代以降に広まったとみられます。
この流れを裏付ける資料として、書道研究者の間でよく知られる「六朝書道論」があります。平安期以来の「和様」の伝統が急速に衰え、もっぱら中国風の書が行われるようになった過程を記述したこの書に名を連ねる人物の一人が、中村不折です。台東区に書道博物館(中村不折記念館)を創設した近代書道の巨人です。
そしてもう一人、見逃せない人物がいます。六朝書道論に登場する6名の中に、「犬養木堂」という名で記された人物がいます。これこそ、「話せばわかる」の言葉で知られ、五・一五事件で凶弾に倒れた第29代内閣総理大臣・犬養毅(号:木堂)その人です。この「犬養木堂=犬養毅」であることを明らかにしたのは、うどよし様が初めてだそうです。政治家として著名な犬養毅が、実は当時の書道界においても重要な存在だったという事実は、近代における書と政治・文化の深い結びつきを物語っています。
「昔からある書道を守りたい」という言葉をよく耳にします。しかしその「書道」が指しているのは、実際には中国の漢字文化や王羲之に代表される中国式の書法です。現代の書道教育の基盤は「唐様(からよう)」、すなわち中国由来の書であり、江戸時代まで日本の主流だった「和様」ではありません。「日本の書道を守る」と言いながら、実は中国の書を追求している——この矛盾は、書の歴史を知ることで見えてきます。

『六朝書道論』の表紙には犬養毅(木堂)の名前も
☆活版印刷が変えた「文字の標準」
なぜ楷書で書くことを要求されるようになったの?
明治の文字革命を語るうえで欠かせないのが、活版印刷の導入です。
活版印刷はヨーロッパで発展した明朝体が上海を経由して日本に渡来し、漢字印刷の標準となりました。一方で、もともと日本語のひらがなは一つの音に対して複数の字形が存在していました(いわゆる変体仮名)。活版で印刷するには字形を一つに統一する必要があり、1900年の制度改正でひらがな・カタカナが整理・統一されました。現代の「五十音図」はこの流れのなかで成立したものです。
印刷物が楷書で組まれるようになると、手書き教育でも楷書が「基礎」とされました。しかし歴史的には、草書・行書のほうが楷書よりも古いのです。「楷書が書けなければ崩し字は書けない」という通念は、実は歴史的順序とまったく逆なのです。
☆「大きな字を書く」のは、なぜか?
書道教室の経営を支えた‟大きな字”。
現代の書道教室では、大きな紙に大きな文字を書くことが当然のように行われています。しかしこれは文化的伝統というより、商業的な動機に由来するという指摘があります。
大きな紙・大きな筆・大量の墨を消費させる指導は、道具や消耗品の販売によって教室側の収益を高める構造と結びついています。江戸時代の物資事情を考えれば、大きな字を書く練習は現実的に困難だったはずです。
実用の観点からすれば、日常で必要なのは署名や宛名書きなど「小さな字を整える」力です。プリンターが普及した現代に、小さなものを拡大して大きく書く必要性はほとんどありません。

光る書道!
☆「現代文の書」という未踏の領域
世界で唯一、タテ書きとヨコ書きが混在する日本。
うどよし様が取り組む最大のテーマは、「現代文の書」の確立です。
現代日本語にはカタカナが欠かせません。しかしカタカナには漢字やひらがなのような筆記体の体系がなく、書として美しく扱うための統一的なロジックが存在していません。さらに、現代文は横書きを前提とする場面が多いですが、縦書きを軸に発展してきた日本の書において、横書きは未開拓の難題です。
実は、日本は世界で唯一、縦書きと横書きの両方を公式に採用している国です。この特殊な言語文化の豊かさを、書という表現に活かすための理論と技術の再構築——それが、現代における「書道」の真の課題といえるでしょう。
うどよし様は、「日本で唯一日本語を教えている、職業教室」という自負で、活字の字体を守りながら横書き・縦書きを同一ロジックで扱う「現代文の書」の実践を続けています。

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私たちはどこからきて、どこへ行こうとしているのか?
普段当たり前に思っていることでも、「本当にそうなのか?」と疑問をもつことが大切です。そこから新たな発見をしたとき、現在を生きている自分の立ち位置が理解できます。さらに生き方についても新たな方向性が見えてくるものと感じました。
うどよし様、お時間をいただきましてありがとうございました。