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[第78回]-マンガ『かくかくしかじか』、自分史の執筆に役立つ?

2025.05.21

 筆者は最近、映画にもなった話題のマンガ『かくかくしかじか』(集英社:東村アキコ)を読み、あることに気がつきました。このマンガ、自分史の執筆に役立つのではないか。
 『かくかくしかじか』をひと言でいうと、作者の東村アキコ氏がマンガ家になるまでの成長をつづった自伝的作品です。

 ストーリーを紹介すると、ちょっとだけ絵が得意だった女子高生が一念奮起して美大進学を志し、絵画教室に入ります。そこには厳しい顔つきのおじさんがいて「いま描け、すぐ描け、毎日描け」と超スパルタでデッサンを教えてくるのでした。しかも竹刀を肩にかついで・・・。
 そして、かくかくしかじかの展開に、というお話です。

 筆者も中学生の頃から油彩とデッサンを美術教師から特訓を受けており、大学の半ばまで美術サークルで絵を描いていた過去があります。中学で一緒に油絵を描いていたDくんは工業デザイン系の国立大学に進み、卒業後は大手自動車メーカーのカーデザイナーになりました。Dくんには早くからカーデザイナーという夢があったのです。

 それにひきかえ、わたしといえば・・・。当時の心情を思い返すと「絵を描いたりオブジェを創るのは好きだけど、美大に行って毎日絵を描くのはしんどい。尻も痛くなるし健康的ではない」と思っていました。
 父からは絵が上手でもメシは食えないと言われて反論もできませんでした。

 この『かくかくしかじか』の主人公も進路に悩みます。本当はマンガ家になりたいのに美大しか選択肢がない。アカデミックなアート絵画をいくら学んでもマンガ家にはなれそうもない。時間の無駄。才能の無駄遣い。

 もやもやのまま美大を受験してもなかなか合格しません。第一巻(全五巻)はそんな受験生の日々がリアルに描かれています。

 実はこのマンガは、楽しく読める娯楽マンガやサクセスストーリーではありません。第二巻以降も絵画教室との交わりは続き、受験デッサンだけ学んでおさらばするはずだった教室の師匠は主人公の人生の節目節目に大きな影響を与え続けます。
 「なんでこんなおっさんが私の人生に干渉してくるの?」
 しかし師匠と会った主人公の彼氏がふとこうつぶやきました。
 「オレもこの先生に絵を習っていたら、5年間も美大浪人しなくて済んだと思う・・・」

 さて、コラム表題にある「自分史の執筆に役立つ?マンガ・・・」ですが、マンガが本の執筆にどう役立つのかと疑問に思った方も多いでしょう。

 自分の本を書きたいと思っている方は、自叙伝からスタートすることが多いようです。しかし文章のプロでもない一般人はどこからどう手を付ければよいのかわからない。
 そもそも自分の昔話を書いて面白いのか?他人のためになるのか?他人が読んでくれるのか?

 ひとたびこのように思い始めると、筆は進まず執筆は中途で終わってしまいそうです(実際に書きかけのまま終わった人を何人も知っています)。そんな方はこのマンガを手にとって読んでみてはいかがでしょう。

 女子高校生のたわいのない会話、師匠の言葉の意味を理解できない学生達、さぽってばかりの日常、現実から逃げる口実だけがスラスラ出てくるなさけない人、それが主人公です。
 人には言えなかった恥ずかしい過去がマンガの絵とセリフでていねいに描かれています。

 誰しも自分の過去を振り返る時、なさけない話や失敗談はとてもよく覚えているものです。そのときどう思ったのか、どう感じたのか。そのことを書き出すことは苦痛を伴います。しかし、そのことがとても読みやすいマンガになり、ストーリー(文章)になるのです。

 人は赤の他人の物語を読む時にどういう事実があったかよりも、そこにいた人の感情やこころの動きに共感を覚えるのです。それを外しては読み物にはならないと断言できます。教訓めいたいい話や成功物語など誰も興味はないし読みたくはないのです。

 『かくかくしかじか』では話が進むにつれて、このような失敗が何度も繰り返され、何重にもこころに積み重なり、それでも改められない自分の生き方に主人公は打ちのめされます。そこに読者は自分の失敗を重ね、共感を覚えるのです。

 このマンガの特異な点としては、絵の師匠との思い出を振り返り、どうすればよかったのかと自問を始めると、カットから絵が消えてモノローグだけのページが増えていきます。

 それは作家の個性かもしれませんが、作者があえて描かないシーンにうごめく感情を読者が読み解く必要が出てきます。カット割りはあっても真っ白かまっ黒で、短い言葉のみぽつんと載っているだけ。流行りのスマホ小説か短編小説を読むかのよう。

 このマンガはモノローグからどれだけの気持ちを書き起こせるのか、もし自分だったらどのようにこの話を進めるのか。
 それを書き出していくことで、ゆたかな感情表現やこころの有り様を文章化するチカラがうまれます。

 たとえば架空の友だちを登場させて、ストーリーが進み出すこともあります。自叙伝とはいえ事実だけを書かねばならないわけではありません。警察で調書を取られたり裁判で供述するわけではありませんから。自分史であっても社会的な常識内なら創作の部分があってもいいのです。

 自分ならこうするとアイデア出しをしながら読むことで、自分なりのストーリーが動きだし、自分史を書くチカラが養えるでしょう。(水田享介)

 『かくかくしかじか』は以下のクリック先から無料で試し読みできます。(ページ制限有り)

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ココハナ『かくかくしかじか』(著者:東村 アキコ)
https://cocohana.shueisha.co.jp/story/higashimura/kakukaku/

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