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人は何のために生きるのか?

2024.06.27

幕末アイヌ墓地盗掘事件始末

『雪原に咲く』著者 不破 裕

【実際に起こった事件】

 時は1865年(慶応元年)10月。東京都がまだ江戸だったころ。北海道でとんでもない事件が起きました。イギリス人がアイヌ人の墓を掘り起こし、骨を盗んだのです。

 アイヌ人にとって骨は先祖の魂。主人公のアイヌ人・イカシバ(のちの弁開凧次郎)は、怒り狂います。しかし、いくら訴え出てもイギリス大使館は、相手にしてくれません。「そのような事実はない」との一点張りでした。

 当時のイギリスは、列強中の列強。本気で怒って戦争になれば、日本は負け、属国となってしまうでしょう。相手を怒らせず、骨を返してもらうためには、どうすればいいのか。

 イカシバは頭を抱えます。そして折れそうな心を立て直して本件を箱館奉行所に訴え出ます。(函館は昔、箱館と書いたのです)

 ここで立ち上がったのが、当時の箱館奉行の小出大和守秀実でした。飄々とイギリス大使を責め、最終的には犯人を突き出させて骨を取り返します。最後に小出奉行がイカシバに放ったセリフがかっこいいです。

「わしはアイヌのために生きているのでも、和人(シサム)(アイヌ以外の日本人)のために生きているのでもない。人は人のために生きるものだ。」

【なぜイギリス人は墓地を盗掘したのか?】

 当時、イギリスの解剖学者の間で文化人類学の研究がさかんに行われており、密かにアイヌ人の墓を掘り起こしてイギリスへ持ち帰るということが度々行われていました。アイヌ人は白人種に似た風貌からヨーロッパの人種と共通の起源をもつのではと考えられていたためとも言われています。

【正しいことを正しい、悪いことを悪いと言えるか】

 忖度という言葉があります。

 本来の意味は、相手の気持ちを推し量るというポジティブな意味なのですが、近年は相手の顔色をうかがうようなネガティブな意味でつかわれることが多くなりました。忖度すれば、「イギリスを怒らせると怖い。自分の立場も危うくなるし。だからアイヌ人骨の盗掘のことは見て見ぬふりをしよう」となります。ところが小出奉行はそうはしなかった。「悪いことは糺すべきである」と考えたのです。

【著者の想い】

 本書は、江戸時代末期で昔の話なのですが、著者の強い思いが込められています。著者自身が働いていた会社が小泉首相時代の政治改革のあおりを受けて倒産しました。政治家を逆恨みし、投げやりになっていたときに、このイカシバの行動を思い出したといいます。どのような逆境にもあきらめることなく、立ち向かう姿勢が大切なのではないのか。そのような自分でありたいと。ご自身への自戒を込めて書かれた1冊でした。

【雪中行軍遭難事件】

 これは1902年(明治35年)2月、青森。雪の八甲田山へ訓練に出かけた陸軍の歩兵第五連隊210名が遭難し、199名の犠牲者を出した日本山岳史最悪の痛ましい事件です。映画『八甲田山』のワンシーンで北大路欣也さん扮する神成大尉が「天は、我々を見放した!」と叫んだのが有名です。この遭難者捜索も命がけの作業でした。この捜索に軍から要請を受けたのが、アイヌ人でした。「シャモ(和人)など助ける必要はない」という村人に対し、「困っている人たちをなぜ助けないのだ」と説得しました。イカシバの心の奥には小出奉行のことば「人は人のために生きるものだ。」があったのでしょう。

 読んでいて胸を締め付けられる思いがしました。素晴らしい1冊です。

 是非皆さんにお読みいただきたい本です。

『雪原に咲く』 本体価格1500円

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