自分の名前で本を書くことは、気分はワクワク、うれしいものですね。しかし、執筆は楽しいばかりではなく、実は大変な責任も伴うクリエイティブワークなのです。
マイブック出版、自費出版といえば、自分の信念や思想を誰にも邪魔されずに発表できる場所と考える方も多いでしょう。自分のお金で本を出すのだから、主張したいことは全部書く。当然のことと思う方が大半だと思います。
自分が思っていることさえ書けばいいのだから、本の出版は簡単ですよ。そういって勧められることもあることでしょう。
事実と違うと言いがかりをつけてくる輩は、無視すればいいんです。いいや、素人にそのような事実確認などできるはずもない。自分が一番の専門家だから門外漢などに批判されてたまるものか。
たとえ、間違いがあったとしても軽微なものだし、後でネットに訂正を出しておけばいい。釈明の必要などない。面倒になったら筆がすべったとでも言えばいい。
読者の問い合わせや批判をただの遠吠えに過ぎないと、高をくくっていませんか。
そうはいかないのが、本の世界です。本にすることに責任が伴うと最初に書きましたが、責任だけではなく物心の損失を被り、時に賠償責任まで問われます。
売り上げアップ目的なのか、面白おかしく書き連ねた結果、世間を騒がせ、大きな損失を被ることとなった事例が筆者の身近でありました。
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つい先日のこと。ツィッターのタイムラインに知り合いのツィートが流れてきました。とみさわ昭仁さんです。
とみさわさんと言えば、ゲームデザイナー、駅弁研究家、物書きと様々な肩書きをもつ異能の作家さんです。
アレコード・コレクターとして、伊集院光氏のラジオにも度々出演しています。一般的には、あの大ヒットゲーム、「ポケットモンスター」の開発者のひとりといえばわかりやすいでしょう。私とは30数年前、伝説的RPG「メタルマックス」の開発でお会いして以来の交流となります。
そんな彼のツィートは激しい怒りに満ちていました。ふだん温厚な性格の彼にしてはめずらしいことです。
それから数日後、その理由をYahoo!ニュースで知ることになりました。全国区のニューになったのです。
『ゲームの歴史』はなぜ炎上している?
ゲーム初心者でも読んでわかった通史企画の難しさ
昨年11月に出版された『ゲームの歴史』(岩崎夏海、稲田豊史)が間違いだらけということで、ゲーム愛好家や業界人から指摘が相次ぐ事態となった。
記者も購入したが、ゲームにそれほど詳しくない人でも突っ込みができるほど初歩的な間違いが多い。
(Yahoo!ニュース/リアルサウンド/山内貴範 2023年3月20日)
とみさわさんのツィートに関連した記事はこちらです。
書籍「ゲームの歴史」にツッコミ相次ぐ
「内容が事実と異なる」との声 講談社は「確認中」
しかし、岩崎・稲田史観から語った同書の見解には、異を唱える声が多い。「ポケットモンスター」シリーズの制作にかかわったシナリオライター・とみさわ昭仁(@hitoqui_ponko)さんはTwitterで「(ポケモンは)「メンコ」から発想したとか書かれているようですね。そんなことはありません」と投稿・・・。
(ITmedia/谷井将人 2023年3月16日)
「ポケットモンスター」シリーズを開発した当事者に違うと断言されてしまうと、その本の信ぴょう性はまったくなくなります。
※とみさわさんより転載許諾済
実は、筆者(水田)は専門学校で講師をしていたときに、とみさわさんを学校にお招きし、「ポケットモンスターの誕生」について1時間半ほど講演をして頂いたことがあります。数年前のことです。
それ以前の打ち合わせでも、ポケモンの開発経緯をお聞きしていたこともあり、さすがにこの内容の本を販売し続けるのは難しいと思いました。
また、「正史」として出版されることへの怒りは、とみさわさんだけではなくゲーム業界、スマホ業界にまで波及し、ネット上で広く炎上することとなりました。
ほどなくして、版元の出版社から回収と販売中止を発表。
その後、『ゲームの歴史』と大層なタイトルにしておきながら、執筆陣は開発者へのインタビューを怠っていたことも明らかになりました。
机上で原稿を書くだけですから、誰にも邪魔されず楽な執筆だったことでしょう。しかし、開発当事者を無視して、想像たくましいウソの歴史は誰からも受け入れられませんでした。
本で事実を曲げることはできません。そのことを教えてくれた今年の春の大事件でした。(水田享介)
◆とみさわさんの最近情報◆
挫折や迷いが人生を面白くする。
とみさわ昭仁のゲーム青春記『勇者と戦車とモンスター』インタビュー
(FREENANCE MAG 2022年4月4日)
『勇者と戦車とモンスター 1978~2018☆ぼくのゲーム40年史』
(駒草出版/とみさわ昭仁 著)