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[第55回]-江戸時代、伊勢講参りの庶民旅を体験する展示

2024.12.04

 コロナ明けの日本では再びインバウンドが盛り返し、海外のお客様が以前にも増して来日しているようです。

 現在、日本の旅事情といえば自動車、鉄道、飛行機など様々な交通網が張り巡らされており、東京を出発すればその日のうちに国内どこの目的地でも到着できるようになりました。

 ところで、江戸時代の日本ではどんな旅をしていたのでしょうか。

 東村山ふるさと歴史館(東京都東村山市)では、企画展「古文書からみる東村山の旅事情」を展示中です。※会期は2024年12月8日(日)まで

企画展「古文書からみる東村山の旅事情」
https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/tanoshimi/rekishi/furusato/tenji/r6nenndotenji/rekisi20241012.html

東村山ふるさと歴史館
住所:東村山市諏訪町1-6-3
開館時間:9:30~17:00
入館料:無料
交通案内:西武新宿線・国分寺線東村山駅西口下車 徒歩8分


 本展では天保十二年(1841年)に、久米村(埼玉県所沢市)、廻り田村(東京都東村山市)から金比羅参り(香川県琴平町)に出かけた村人の旅日記を中心に、さまざまな古文書を通して、江戸時代の人々が旅した実像を明らかにしています。

リーフレット表紙

 この「通中日記帳」には、旅の行程、名所見物、食費などの経費、宿泊地など二ヶ月にわたる旅が克明に記録されています。

 「やじさんきたさん」、「弥次喜多」という言葉は誰もが一度は聞いたことがあるでしょう。十返舎一九が創作した「東海道中膝栗毛」で珍道中を繰り広げた主人公達の名前ですが、そのリアル版がこの日記帳なのです。

 当たり前ですが、クルマも鉄道もなかった江戸時代、人々は徒歩のみで旅していました。船便はありましたが、動力は風まかせの帆掛け船。あてになりません。船は川や海を渡るための「渡し船」程度にしか使われなかったようです。

 旅したルートを具体的に見てみましょう。所沢・東村山を出発した一行は、まず府中で一泊。翌日は一日で厚木まで、その翌日は小田原まで歩きます。

 府中~厚木間の距離は、31.5キロ。厚木~小田原間は38キロ。

府中~厚木間の行程
厚木~小田原間の行程(自転車でのルートが当時の行程に該当)

※Googleマップにて距離を測定

 おおよそ7時間から9時間は毎日歩き続けないとたどり着けなかったはずです。これを約二ヶ月間続けたのですから、大変な健脚と言えるでしょう。もう目的地で何かをするというより目的地まで歩くことそのものが旅だったと言えるかも知れません。30キロ×60=1,800キロを歩き通す旅でした。

 しかも、途中でケガや病気で歩けなくなれば、病院で治療を受けられるはずもなくそこで旅は終わりです。
 江戸時代の庶民は現代人からみると異次元の基礎体力が備わっていたのです。

 旅記録によると、全旅程を通して十~十五人の集団で、東京-名古屋-伊勢-奈良-香川-大阪-京都-長野をぐるりと一周する旅を行っていました。

二ヶ月間でこれだけの距離を歩きました。(本展カタログを参照して制作)

 さて、この人数で二ヶ月間の旅をしていくらかかったのでしょうか。

 図録(東村山ふるさと歴史館発行)によると、59日間で「約五両」となっています。この金額が現在の貨幣価値でいくらぐらいか。それはひと言では言えないそうです。

 そこで一両とはどのくらいの価値があったのかを、いろいろな物品や職業から割り出す計算式(貨幣博物館・公式サイト)に頼ることにします。

江戸時代の1両は今のいくら? ―昔のお金の現在価値―
(貨幣博物館)

https://www.imes.boj.or.jp/cm/history/edojidaino1ryowa/


 いかがでしょうか。お米5キロを4,000円とすると、一両は12万円。一杯のかけそばを420円とすると、一両は17万円。大工さんの日当を24,000円とすると、何と55万円。

 この数字を5倍して現在の貨幣価値に直すと、10~15人の旅の経費は60万円から330万円と大きな開きが出ました。

 これをひとり分に直すと、自分の足で歩けば5~6万円、ボディガードを付けたり人足頼りの楽な旅をすれば22~33万円掛かるということかもしれません。

 最近の小説や漫画によくある異世界ものでは、次のような図式で描かれます。江戸時代のような昔の社会では、人々は村に縛り付けられて知識も技術もなく不自由な生活をしている。そこに降臨した令和時代の主人公が現代の知識を駆使して、昔の人の生活をあっというまに改善してみせます。また、現代風のおいしい洋食やスイーツを振る舞って簡単に虜にしてみせる。

 そんな絵空事はまったく通用しないのが、日本の江戸時代でした。二百年近く前の日本人達はお伊勢参りや金比羅参りを口実に、日本中の名所旧跡を歩き回り、名物や珍味を口にして、人生をそれなりに楽しんでいたことが判ります。

 江戸時代の人々の旅を仮想体験できる東村山市の展示。会期は今週末、2024年12月8日(日)まで。ぜひ、お出かけください。(水田享介)

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東村山ふるさと歴史館(東村山市・公式サイト内)
https://www.city.higashimurayama.tokyo.jp/tanoshimi/rekishi/furusato/index.html

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