自費出版、個人出版という言い方には、日本ではなぜか消極的イメージを持つ人が未だにいらっしゃいます。
現代では電子出版やクラウドファンディングなど、出版にも様々な形態があるにもかかわらず、個人出版をためらっている方が多いそうで、誠にもったいなく残念なことです。
というのも、自費出版から誕生した名著、大作家の例はいくつもあるからです。
有名な例では島崎藤村があげられます。当時、詩人としては知られていた藤村でしたが、小説を書いたのは初めて。当然のごとく、本にしてくれる出版社などあろうはずもなく、友人、親類に大金を借りて『破戒』を自費出版したのです。
この『破戒』の自費出版がなければ、日本文学史に燦然と輝く小説家・島崎藤村はなかったといえるでしょう。
宮沢賢治も生前、唯一出版した『注文の多い料理店』は自費出版でした。この本がなければ、宮沢賢治の存在は誰にも知られることなく、今も続く賢治ワールドは生まれなかったかもしれません。
最近作では『佐賀のがばいばあちゃん』。島田洋七さんが北野武(ビートたけし)氏に祖母の思い出を話したところ、ぜひ本にするよう薦められ、自費出版となりました。この本があったからこそ、のちのがばいブーム、佐賀ブームが誕生したのです。
海外に目を向けると、日本以上に自費出版で作家として名をなした例が数多くあります。
18~19世紀に活躍したイギリスの詩人、画家のウィリアム・ブレイク(William Blake)。イギリスの第二国歌ともいわれる「エルサレム」の作者ですが、『無垢の歌』”Songs of Innocence” を1789年に自費出版しています。自身が考案した銅版彩色印刷によるものです。その本はいまや大英博物館に保管されています。
日本でも大人気のピーターラビットの生みの親、 ビアトリクス・ポター(Beatrix Potter)は6社もの出版社に断られた後、1901年に私家版『ピーターラビットのおはなし (The Tale of Peter Rabbit) 』を自費出版しました。初版はわずか250部でした。
推理作家の草分け、エドガー・アラン・ポー(Edgar Allan Poe)。1827年に18歳で米陸軍に入隊し、処女詩集『Tamerlane and Other Poems』を自費出版しています。
アメリカの作家、マーク・トウェイン(Mark Twain)。『トム・ソーヤーの冒険』などですでに大作家の仲間入りをしていましたが、1885年、『ハックルベリー フィンの冒険(The Adventures of Huckleberry Finn)』を自身が設立した出版社から出しています。理由は印税をもっと増やしたかったからではと言われていますが、売れる保証があったわけではないので、広い意味では自費出版といえます。
こうしてみると、自費出版に至った理由は様々ですが、出版したからこそ将来の展望が開けたケースが多いことがわかります。
とりあえず本を出してみる。いいかもしれませんね。(水田享介)